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ケアマネ再研修中   2017年2月25日
 
 休日なく“てんてんこまい”で動いている毎日。新規事業立ち上げは実に面白く、わくわくする。そんな中、この時期に忙しくしているもう一つのこと。それは、「ケアマネ再研修」である。

ケアマネに向き合ったのは、約20年ぶり
 ケアマネジャーの第1回目の試験に挑戦して合格したのは、たぶん約20年前。当時は講義を担当しながら、みんなで受けたのでした。資格は取得したものの、使用する機会が全くなくここまできました。
 ところが、今回、山梨県北杜市で新規法人立ち上げ、新規事業開始にあたって「ケアマネ」の資格を使えるようにした方がいいということになり、『再研修』とやらを受けることになったのです。つまり、死にかかっている「資格」を生き返らせること。

ちょうどこの時期に長い研修
 その研修が、今年から大幅に見直されたとのことで、12月から始まり3月で終了する12日間50数時間なのです。あと2日で終了なのですが、課題(宿題)が多く・・・。

ケアマネの課題は知りつつも、疑問だらけ・・・
 少々辟易状態。ケアマネジャーについての問題・課題はおおむね承知しているつもり。そのため種々の研修が義務付けられているが、実際に受けてみて様々な感想・意見をもった。「これでいいの???」 ケアマネになろうと受験し合格したが、研修を受けていやになり、ケアマネになるのを辞めたという声すら聞こえてくる。
 ここでは詳しくは延べないけれど、いろいろ考えさせられた。
さあ、あと2日だけ。頑張ろう。

2017.02.28 Tue l 日々の出来事 l top ▲
人生の転換点の一年    2016年12月30日

2016年もあと2日。今年は私にとって人生の大きな転換の年でした。ちょうど60歳・還暦でもあり、これから20年くらい(平均寿命まで生きるとすれば)の生き方の方向性を決める年となりました。

北杜市に移住して
 3月で前職を辞し、4月より山梨県北杜市に移住し、風光明媚で毎日が自然のドラマを見ているような環境で過ごせるように。朝、日の出前から空全体や山々の朝焼けを見ることからはじまる一日。“かはたれ”のすばらしさ。また日中も夕やけ・夕暮れの“たそがれ”も見惚れる。
 四季折々の自然の圧倒されるほど美しさ・・・。

法人立ち上げ
 このブログでも詳しく載せてきましたが、『一般社団法人だんだん会』の立ち上げの責任者となり、法人格を取得した。直接自分が立ち上げるのは初めての経験だったが、さまざまに勉強になった。より詳しくは『だんだん会』のホームページをご覧ください。なかなか好評です。

事業立ち上げ
 “あれよあれよ”という間にいろいろ事業展開が始まりました。
① 『グループホームわいわい白州』
3月に北杜市の公募で選定され、2017年3月事業開始予定。建設工事が着々と進んでいます。木の作りで素敵です。
② 『地域看護センターあんあん』
諸事情で訪問看護事業所である『地域看護センターあんあん』を2017年2月に指定を受ける予定。訪問看護ステーションという名称にしなかった理由は、そのうち詳しく述べます。優秀で志のある看護師が多数集まり、楽しみです。
③ サロン活動
“住民主体の健康でおもしろいまちづくり”の一助となるべく、市民のかたが集まる「場」と「魅力」のサロン活動が開始されました。まずは、『アロマさろん』が動き始めましたが、2017年度は、『認知症カフェ』や『素人まーじゃん倶楽部』『おひとりさまを楽しむ会』など企画中です。
たくさんの方々の自主的な動き・協力のたまものです。

新しい仲間の勢い
 2016年の初めは、約40年間の常勤の仕事を辞め、少しはのんびりして、海外旅行も楽しみ、少しずつこれからのことを考えようと思っていたのです。本当です。なのに、どんどん進んでいる状況です。私の性格がそうさせるのかもしれませんが、私の新しい仲間たちの勢いがすごいんです! ほとんど知り合いがいなかった新たな地で知り合った素敵な仲間たちに感謝です!

ホームパーテイ
 それでも海外旅行は、中国・南京(仕事ですが)に。講演活動は例年以上に。全国の素敵なところで講演させていただき、ついでに温泉やら観光やらを楽しませていただきました。
出版活動も数冊(その都度、ホームページで紹介)。現在も2冊ほど執筆中。
 例年と違っているのは、ホームパーテイ開催頻度です。八ヶ岳南麓の我が家で数十回のパーテイ開催! 自分でもあきれてしまうのですが、新鮮でおいしいく安価で手に入る本物の食材があふれているので、ついつい料理を作りたくなり、作ってはみなさんに集まっていただき“わいわい”と・・・。全国の友人・知人も多数訪れてくださり、そのたびに宴会。ピザ釜も大活躍の一年でした。

 なんと楽しく幸せな一年だったでしょう! じっとしていることがなく、やっぱり『まぐろ』の私ですが、ありがたいです。

 2017年は、どうなることやら・・・。いえることは、もっと忙しくなりそうです。違った事業展開が待っています。楽しみに見守ってください。あるいはいっしょにご参加ください。2017年もどうぞよろしく!

連絡先は、以下の通り。

 一般社団法人だんだん会 長坂事務所 
  408-0035 北杜市長坂町夏秋918-5 tel 0551-45-9566
  Mail:60miyazakiwakako@gmail.com
Mail:info@dandan.com  
http;//dandankai.com
2016.12.30 Fri l 日々の出来事 l top ▲
南京のまちの様子    2016年12月5日

 常勤の仕事を辞め、少し暇になるかと思っていたのですが、全く逆。何と忙しいことでしょう。『忙しい』という言葉を使いたくないのですが、つい言いたくなってしまう毎日です。ただし、今の『忙しい』は心地よい『忙しさ』ですので、ご安心を!

さて、南京の続き
 南京に行き、観光をしたり町をブラブラする中で感じたことをお伝えします。
まず、まちの中心街に降り立った時に、交差点の目立つところに映像を映し出す画面(新宿のアルタの画面のようなもの)があり、そこに流れている映像は、なんと、『南京大虐殺』の時の映像でした! びっくり! 日本軍が市民を虐殺する場面の古い映像がずっと流れっぱなしなのです・・・。「なんだこれれは・・・」と。

南京大虐殺記念館

 日本人として、南京に伺ったからには『南京大虐殺記念館』をみにいかなければいけないと思い、一人でタクシーに乗り行ってみました。広い敷地に立派なデザインのミュージアムが建てられていました。中国人の方が行列で入館していきます。
 中に入って、心が凍る思いでした。日本軍が南京市民を6週間で30万人虐殺したということです。その写真や映像があちこちに陳列されているのです! 日本刀で市民の方の首を切る場面、首を切られた頭がゴロゴロと散らばる様子、その音声・・・。
 私は足早に通り過ぎ、出口に向かいました。何だかいたたまれない思いでした。

どう受け止めればいいか
 何だか日本人の自分の居場所がないというか、日本人のみなさんそんなふうに見ているのかと思うとつらい気持ちになりました。70年くらい前のことなのですが、“鮮明に記憶せよ”といわんばかりに現実化していました。こんなことで友好関係が築けるのだろうか、などと悶々とした気持ちで帰ってきました。

質素な生活
 上海や北京などはずいぶん華やかだということをよく聞いていますし、貧富の差が激しいということも聞いていますが、私がみた南京は次のようです。
 女性は、化粧をしている人は少なく、髪も質素に後ろで束ねている人が多く、パーマなど手を入れている人は少なかった。実直に暮らしているという印象。
 私が接した人々は素敵な人たちでした。


2016.12.12 Mon l 日々の出来事 l top ▲
山に囲まれた家        2016年10月2日

 軸足を北杜市に移したのですが、その家のことを私は『八ヶ岳の家』と呼んでいます。海抜約1,000mで八ヶ岳の中腹。南に向かって緩やかな斜面で、ずっと下には韮崎の市街地が見え、夜は夜景がきれいに見えます。

山に囲まれて
 家の周囲から、日本百名山のうち8つの山が見えます。北には、八ヶ岳がでんと聳え、権現岳や阿弥陀岳・赤岳、横岳も頭を見せてくれます。東は、瑞牆山と金峰山など。朝日が見事です。そうそう、東には百名山ではないですが、百名山を示した深田久弥が登山中に亡くなった茅ヶ岳の全景が見えます。
 南東方向に富士山のほぼ全景、そして南側には、南アルプス(鳳凰三山・北岳など)、甲斐駒ケ岳とちょこっと仙丈ケ岳が見えます。甲斐駒ケ岳は見る方向によって全く違った山に見える山。八ヶ岳の家からは、ゲンコツのような茉莉殿がくっきりと見える素晴らしい角度です。

朝焼けから夕焼けまで
 それらの山々が朝焼けから夕焼けまで見えるのです。“今日はどんな朝焼けだろう”とワクワクして寝ていられない。暗いうちから起きてそわそわ……。

まあまあ書き始めたらきりがありません。そこでの生活は・・・。おいおい紹介します。



2016.10.03 Mon l 日々の出来事 l top ▲
移住しました        2016年10月1日分

 3月末で仕事を辞めて、さて私は何をしているのでしょう? 「何をしているの? どうせじっとしていられない性格だから何か始めたんでしょう」「暇なら仕事を紹介しようか」などと心配していただきました。ありがとうございます。とても元気にしています。近況をお伝えします。

山の中で
実は、私、移住したんです。場所は『山梨県北杜市』です。話せば長くなるんですが、ずっと考えていたことです。山形県寒河江市幸生というところで生まれ育ちました。四方を山に囲まれ、月山・葉山などの山に包み込まれながら、山の恵みの恩恵に感謝しながらの生活でした。
18歳で上京し、40年もの間東京で生活してきました。東京下町で勉強し、仕事をし、結婚・子育ても精一杯やってきました。
しかし、数年前(50歳代半ば)から「自分は年をとったらどこで暮らすんだろうか?」「このまま東京で生活するのだろうか?」と考えるようになりました。飛行機の上から見た東京周辺(家・住宅・建物だらけ)を見るにつけ、「できれば山が見え、空気がきれいで、花だらけで、ちょっとだけ野菜を作りながら・・・そんなところに住み、暮らしたい」と思うようになりました。

探しました
 そこで、どこがいいのか探しました。高齢になってから探し移住するのはなかなか困難なこと(エネルギーが必要)だと思ったので、比較的若いうちに準備しておこうと、時間を見つけては「地域」「場所」を探し始めました。条件は、①東京から2時間圏内(私も夫も東京での仕事があるので)、②風向明媚、眺望抜群、③地元のみなさんとほどほどの距離でお付き合いできる などです。別荘ではなく、住む地域・家です。
 那須高原、軽井沢、房総、伊豆、富士五胡、清里など、たくさんの地域・物件を見て回りました。
 そしてご縁があったのが、八ヶ岳南面の『山梨県北杜市』です。

軸足を「八ヶ岳」に
 数年前に私が望むとおりの小さな家を建て、3月までは『週末北杜』で通っていました。北杜にいる時間はとても心地よく快適でした。
 そこで、今年3月末の退職を機に、仕事・生活の軸足を八ヶ岳・北杜に移したのです。

2016.10.01 Sat l 日々の出来事 l top ▲