グループホームわいわい白州      2016年10月25日

 前述の通り、北杜市で不足している事業・サービスで私ができる事業は何かと、『北杜市介護保険事業計画』等をいろいろと勉強し、また市役所でも丁寧に相談にのっていただきました。そして、「グループホーム」が不足していて公募するということをお聞きし、グループホームであれば東京で開設・運営を実施してきた(社会福祉法人すこやか福祉会で6か所・9ユニットの立ち上げ)ので、手上げすることにしました。

白州の地に
 公募に応募申請すると簡単に言いますが、実はそのための書類は膨大です。綿密な計画が必要であり、たぶん多くは経営コンサルタントにお願いするのではないかと思うような多岐にわたる内容です。
 でも、さまざまな協力のもと、自力で申請することができました。そして、当法人「だんだん会」が選定され、グループホームを立ち上げることが可能になりました。
 場所は、北杜市白州町。みなさんよくご存じの『サントリーウイスキー白州』のあの白州。あるいは『南アルプス天然水』。サントリーの宣伝をしているわけではないのですが、素晴らしい自然環境の中で豊かな水で作られるウイスキーということなのでしょう。その白州の中心地にグループホームを開設することになったのです!

名称は「わいわい白州」
 グループホームの運営は、東京・すこやか福祉会で実践させていただいた『徹底した自立支援』『やって差し上げない介護』『介護ではなく支援』など、『生き返る痴呆老人―グループホーム福さん家での実践』(筑摩書房)で紹介したような方法で実施します。
 なんだか『わいわい』と、認知症になってもある意味にぎやかに、生活を楽しめるような家にできるように、新しい職員と頑張っていきます。

認知症の人の生き方支援にかかわらせていただく喜び
 私としては、久しぶりに認知症の方などに直接かかわらせていただけるうれしい機会です。じっくりとかかわらせていただき、新たな“何か”に気付いたり、発見したらこのブログを見てくださっている皆様にお伝えしていきます。
 還暦以降は、第1線の現場はありがたいです。
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2016.10.25 Tue l 看護、介護、医療関連 l top ▲
だんだん会の立ち上げ        2016年10月14日

 さて、60歳という還暦を区切りとして、新たに人生を考え直してみることにした。人生90年代。90歳まで生きることになるとすれば、あと30年もある。これまでの30年(30歳から60歳)を振り返ると、何と長いことか。30歳で2男を出産し、36歳で東京の第一号の訪問看護ステーションの立ち上げの責任者をして、多数のステーション立ち上げ、介護保険開始時の必死の対応。40歳代は、グループホーム開設(6か所9ユニット)。50歳代中ごろから、全国訪問看護事業協会の仕事をさせていただいた。実にたくさんのことがあった。
 これからの30年は、自覚的にはすごく早くあっという間かもしれないが、そうはいってもそうとうある。

遊んでパートで働き・・・私には無理
 さてどうするか。1・2年は思い切り遊んでみようか。海外旅行も中長期も行ってみたい。やりたかった趣味も始めてみようか。全国の友人と再開する旅でもしようか。などといろいろ考えてみた。
 しかし、私の性格から、たぶん遊び中心の生活はできないだろう。仕事をしながら存分に遊んでいる人生なので、特別に羽を伸ばして遊びたいこともない。
 では、何かの仕事の手伝い的にパートで仕事をする方法もなくはないだろうが、私を雇う人はたいへんだろう。この独特の個性の私・・・。
 だとすれば、自分が法人を作り、自分が納得いく仕事をしていく道を探した方がいいだろう。と、そういう道を探すことになりました。

一般社団法人設立
 であれば、どこを基点にするか。東京はいろいろなことを実施する人が多し、私は北杜市に軸足を置いたので、北杜市で不足しているサービスを立ち上げ、少しでも地域に役立つことを実施させていただくか。
 ということで、のちに述べますが事業を立ち上げることに挑戦することにしました。
 そのためには、まずは核となる『法人』を立ち上げる。急遽、「一般社団法人だんだん会」を立ち上げた。一般社団法人にした理由は、「だんだん会」のホームページを見てください。今月末にはオープン予定です。とてもおもしろいホームページになりそうです。
 さて次は、事業展開の話。
2016.10.16 Sun l 看護、介護、医療関連 l top ▲
山に囲まれた家        2016年10月2日

 軸足を北杜市に移したのですが、その家のことを私は『八ヶ岳の家』と呼んでいます。海抜約1,000mで八ヶ岳の中腹。南に向かって緩やかな斜面で、ずっと下には韮崎の市街地が見え、夜は夜景がきれいに見えます。

山に囲まれて
 家の周囲から、日本百名山のうち8つの山が見えます。北には、八ヶ岳がでんと聳え、権現岳や阿弥陀岳・赤岳、横岳も頭を見せてくれます。東は、瑞牆山と金峰山など。朝日が見事です。そうそう、東には百名山ではないですが、百名山を示した深田久弥が登山中に亡くなった茅ヶ岳の全景が見えます。
 南東方向に富士山のほぼ全景、そして南側には、南アルプス(鳳凰三山・北岳など)、甲斐駒ケ岳とちょこっと仙丈ケ岳が見えます。甲斐駒ケ岳は見る方向によって全く違った山に見える山。八ヶ岳の家からは、ゲンコツのような茉莉殿がくっきりと見える素晴らしい角度です。

朝焼けから夕焼けまで
 それらの山々が朝焼けから夕焼けまで見えるのです。“今日はどんな朝焼けだろう”とワクワクして寝ていられない。暗いうちから起きてそわそわ……。

まあまあ書き始めたらきりがありません。そこでの生活は・・・。おいおい紹介します。



2016.10.03 Mon l 日々の出来事 l top ▲
移住しました        2016年10月1日分

 3月末で仕事を辞めて、さて私は何をしているのでしょう? 「何をしているの? どうせじっとしていられない性格だから何か始めたんでしょう」「暇なら仕事を紹介しようか」などと心配していただきました。ありがとうございます。とても元気にしています。近況をお伝えします。

山の中で
実は、私、移住したんです。場所は『山梨県北杜市』です。話せば長くなるんですが、ずっと考えていたことです。山形県寒河江市幸生というところで生まれ育ちました。四方を山に囲まれ、月山・葉山などの山に包み込まれながら、山の恵みの恩恵に感謝しながらの生活でした。
18歳で上京し、40年もの間東京で生活してきました。東京下町で勉強し、仕事をし、結婚・子育ても精一杯やってきました。
しかし、数年前(50歳代半ば)から「自分は年をとったらどこで暮らすんだろうか?」「このまま東京で生活するのだろうか?」と考えるようになりました。飛行機の上から見た東京周辺(家・住宅・建物だらけ)を見るにつけ、「できれば山が見え、空気がきれいで、花だらけで、ちょっとだけ野菜を作りながら・・・そんなところに住み、暮らしたい」と思うようになりました。

探しました
 そこで、どこがいいのか探しました。高齢になってから探し移住するのはなかなか困難なこと(エネルギーが必要)だと思ったので、比較的若いうちに準備しておこうと、時間を見つけては「地域」「場所」を探し始めました。条件は、①東京から2時間圏内(私も夫も東京での仕事があるので)、②風向明媚、眺望抜群、③地元のみなさんとほどほどの距離でお付き合いできる などです。別荘ではなく、住む地域・家です。
 那須高原、軽井沢、房総、伊豆、富士五胡、清里など、たくさんの地域・物件を見て回りました。
 そしてご縁があったのが、八ヶ岳南面の『山梨県北杜市』です。

軸足を「八ヶ岳」に
 数年前に私が望むとおりの小さな家を建て、3月までは『週末北杜』で通っていました。北杜にいる時間はとても心地よく快適でした。
 そこで、今年3月末の退職を機に、仕事・生活の軸足を八ヶ岳・北杜に移したのです。

2016.10.01 Sat l 日々の出来事 l top ▲