イタリア視察雑記7             2015年11月25日分

 日本から1000人も視察にいっているというのに


説明をして下った責任のある立場の看護師(男性)が、説明の途中でこう発言した。
「日本からたくさんの人が視察に来るけれど、日本はどのように変わってきたのか。トリエステを学んで精神病院は減ってきたのか。減らす方向に向いているのか。日本の精神障がい者はのびのびと生きているのか」と。
私たちは、「よくなってきている」と自信をもって答えることができなかった。まだまだ、世界の他の国と比べると比較にならないほど精神科病床が多いのは事実だ。あいまいに答えていて「日本には、約300万人の精神障がい者があり、精神科病棟は約30万床だ」と説明したら、両手を上に挙げて、あきれたように「テレビで見たが、電車に乗っている人がみんなスマホの画面ばかり見ているんだって?」「日本の国そのものが病んでいるのではないか」と話された。

日本の関係者が1000人も視察に
聞くところによると、日本からの視察者は大変多く、約1000人を超えているという。行政担当者も精神病院の関係者も、また精神障がい者関連団体も。それでみんな勉強になり、やはり精神病院中心の支援ではなく、地域で暮らしていけるようにすることが大事だと理解して帰国していると。
しかし、日本はその方向に本当に向いているのだろうか。イタリアでの先進的な取り組みの教訓をどうして日本で具体化できないのだろうか・・・。
どうしていけばいいのだろうか・・・。

私たち訪問看護師は、病院から出て地域で生き生きと自分らしく生きている精神障がい者の姿を社会に示して、日本の精神医療のあり方を変えていくことに力を注がなければならないとつくづく思った。

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2015.11.27 Fri l 看護、介護、医療関連 l top ▲
イタリア視察雑記6             2015年11月15日分

 町の人の受け入れ

 トリエステの山の斜面(膨大な土地)に、精神病院があり、1,200人の患者が入院していた。それをバザーリアたちが鍵だらけで門番がいる門も含めて病院を開放した。そればかりか、病院を閉鎖したのだが、私はずっと疑問に思っていることがあった。それは、町に住む一般市民がよくそれを受け入れたなあということだった。

日本であれば・・
 もし日本であればどうだろうか。精神病院に入院していた患者が1,200人も町に出て隣り合わせでいっしょに暮していくことになるのだ。日本では、真っ先に市民から反対運動が起こるのではないだろうか。
 なぜかといえば、以前、認知症グループホームを開設する時、地域の人に説明会を行ったが、「そんなボケた年寄りばかりの施設を作らないでくれ」「作っても町には出さないで閉じ込めておいてくれ。何をするかわからないから」というような言葉が返ってきた。
 また友人がホームホスピスを作ろうとしたら、地域住民の反対運動にあってしまった。理由は、霊柩車がよく来る地域では土地の値段が下がるからやめてくれということだったという。
 精神障がい者のことをよく理解していないだろう地域住民は、反対運動をするのではないだろうか。

トリエステでは・・・
 今回の視察で、そのことの説明があって、私はやっと納得した。それは、地理上の位置関係と歴史に関係していた。
トリエステは、イタリア半島の付け根のような位置で、西は有名なヴェネチアで、東隣がスロベニア⇒クロアチア、北隣がオーストリアと国境に位置している。人口の10%以上がスロベニア人で言葉もスロベニア語だという。   昔あった精神病院の1,200人の入院患者の約半数はスロベニア人であったし、職員もスロベニアの人が少なくなかったという。
 また、歴史的に現在のイタリアに統合されたのは1954年であり、「第一次世界大戦までは長らくオーストリア=ハンガリー帝国の統治下にあり、その重要都市として繁栄した。第一次世界大戦後にイタリア王国領となるが、第二次世界大戦後はイタリアとユーゴスラビアとの間で帰属をめぐる紛争が生じ、一時期は国際連合管理下の「トリエステ自由地域」が置かれていた」(ウィキペディアより)と、様々な国の統治下に置かれてきた。
 もともと国境の町で違った人種の人々が住んでいたこと、そして歴史的に様々な国の統治下におかれたことで、「境界」という意識が薄いというか、違うのが当たり前の風潮があったことが関係していたようである。違ったものに対して寛容であり、別な言い方をすれば無関心(いい意味で)であったことが、精神障がい者に対しても寛容だったのだと思うという説明だった。

なるほどなあと思った。
2015.11.26 Thu l 看護、介護、医療関連 l top ▲
イタリア視察雑記5             2015年11月5日分

 
日本の訪問看護はこのままでいいのか


前述したが、精神保健センターでは、多数の看護職が中心的な役割を担い活躍していたが、日本のような自宅への“訪問看護”はあまりなされていないようだった。定期的に家を訪問して何かを(看護)するのではなく、家から出て地域で、あるいは社会で就労や社会生活ができるように多職種といっしょになって支援することが重要だと強調していた。

精神障がい者への看護師の支援方法は?
日本の訪問看護費は、自宅を訪問して看護することに対して支払われる仕組みとなっている。身体障害で寝たきりの人へのケアはそれでよかったのかもしれないが(それでもいろいろ問題はある)、自宅を含む地域で生活する精神障がい者への支援(看護)のあり方が自宅・在宅に限られているのは非常に問題がある。極端な言い方をすれば精神障がい者を自宅の閉じこもりにしてしまうことにつながるのではないか。
 7月に、所属している協会の主催で『精神科訪問看護情報交換会』を実施したが、その中でもこのことについてかなり議論になった。「未受診の患者さんに受診同行すること」や「就労支援センターへの同行」「スーパーでの買い物が自分でできるようにするための同行支援」「外出拒否の人に散歩同行」など、家からでて外に出かけられるようになるような支援や就労に結び付ける支援などに対して報酬が支払われるようにすべきだという意見が多かった。
 家でのケア・支援よりも“外への支援”がより重要に思う。

医療保険の診療報酬の仕組みを変更しなければならない・・・
 地域での看護師の役割は、「自宅訪問」は一部であることを考えれば、診療報酬のあり方も変えなければならないかもしれないとつくづく思った。
2015.11.25 Wed l 看護、介護、医療関連 l top ▲
イタリア視察雑記4             2015年10月25日分

 
気を抜くと逆戻り


視察の中で、様々な立場の方や現場の人にお話をしていただいた。どの人にも共通しているのが、「どうして精神病院をなくしたか」「バザーリアの時代から大事にしていることはなにか」と熱く語ってくださることだ。「患者は治療の対象物ではなく、主人公」「自由が最高の治療」「退院することが何よりの治療」「市民としての権利を」「人間としての権利回復」などと、当たり前のように思えることを熱い思いで伝えて下さった。
わざわざみんなで語り継ぎ、確認し合っているという印象だった。

精神病院はなくしたが、いつ逆戻りするかわからない・・・
その話の中で、ある方がこう言った。「放っておけば、いつ逆戻りして精神科病院に閉じ込めることになるかわからない」と。精神病院から解放してそれが当たり前だとイタリアの国中の合意なのだと思っていたが、そうではないというのだ。始める時も精神病院を閉鎖することに賛同できず、辞めていった医師・看護師もいたという。また、法律で精神病院をなくすことを決定しても、イタリア全土がスムースにそれに向かっていったわけではない。10数年後に再度徹底する法律を作ったとか。
精神病院をなくし、地域で精神障がい者を支える方法を模索してきた30数年だと思うが、たからイタリアがうまくいっているわけではないというのだ。
その理由を詳しくお聞きすることはできなかったが、常にみんなが確認しないと逆戻りする可能性があるということを聞き、「そうなんだなあ」と深く心に残った。

逆戻りするかもしれない理由
 私なりに考えてみた。精神病院はあった方がいいという理由を。
第1の理由は、やはり精神障がい者のことを理解しないで差別。「あういう人に手間をかけて支援しても、何もならない。まとめて目につかないところに入ってもらって、生活保障(食事・住居など)をすればいいのではないか」
2つの理由は経済性。「人手をかけてお金をかける国のカネがない。施設・病院に入れておく方が安上がりだ」
3つ目の理由。少しは必要だと。精神病院はあまり必要ないかもしれないが、重度の場合はどうしても入院ベッドが必要なのじゃないか。全部なくすのは心配だという意見。
もっとあると思う。

深いことを示唆
 このことは、精神障がい者に限らず、認知症の人でも他の障がい者でも共通する深く大事な何かが関係すると思う。人間のサガというか・・・。
 “どんな人”でも、自分が今持っている力で、住みたいところで、差別されずに、自分なりの生き方ができるように、社会全体が支援していくことがどうしてできないのだろうか。
2015.11.19 Thu l 看護、介護、医療関連 l top ▲