寝そべってペルセウス流星群を       2013年8月15日分

友人が「8月12日の夜中というか、13日の明け方というか、空を見てね。流星群だよ」

6人で寝そべって
その日は、夕方から山の中腹の標高1,000mで、友人6人と外でバーベキューしながら飲んで語り合っていました。
23時ごろ、
「そうだ、そういえば今晩流れ星がみられるんだったね」
「でもちょっと曇っているよ。見えるかなあ」
「寝そべって見ていようか」
「そうしよう」
と、土の上にビニールシート、その上に毛布を敷き、枕まで持ってきて寝っ転がりました。
「わあっと、空が広いね」
「雲がどんどん動いているけど、晴れ間もあるし、星が見えるよ」
「寒いね。上掛けもってこよう」
などと、思い思いに大の字になって空をみていたんです。

見えた! 見えた!
「あっ、見えた! 3時の方向」
「ええ、見えなかった・・・」
「また見えた! 8時の方向」
「見えなかったなあ、大きかった?」
「いいや、中の小くらいかな」
・・・
「見えた!! これは大きかったね。大の中くらいかな」
と、どんどん見えたんです!
酔っぱらっていびきをかいて気持ちよく眠っている人もいたが、大方注視していた。
 2時間ほど見ていたが、面白いことに気付いた。よく見つけられる人とそうでない人がいるんだ。同じように空を見ているのにどうしてこう違うんだろう? よく見つけられた人は、30個ほどみたが、そうでない人は同じ時間で5個ほど・・・。私は20個ほど見ることができた。

下界は、猛暑で夜でも30度を超えるかという中で、寝そべって流れ星をみることができて、何とも申し訳ないような、でも「自分たちだけ幸せ感」なんて、いい思いをしました。
 貴重なぜいたくな体験でした。みんな「一生の思い出だね」と。


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2013.08.26 Mon l 日々の出来事 l top ▲
気持ちのリセット        2013年8月5日分

「あのイベントが終わったら新しい自分の仕事に取り込もう」「この原稿を書き終えたら映画を観に行こう」「あの講演を無事に終えたらダイエットに再挑戦しよう」などと、「あれが終わったらあのことに・・・・」と、ついついそういう気持ちが続いてしまう。ほっとできない。常に何かの課題に追われているような・・・。
 一冊の本、あるいは1つの原稿を書き終えた時の達成感・満足感は言葉にはできない何とも言いようのない満ち足りた気分になります。その達成感・充実感を味わいたくて頑張って書いているといても過言ではありません。なのに、それは長く続かないんです。長く味わっていることができず、あっという間に別な課題に追われてしまう。
どうせ、それが終わったら次の課題を自分で作ってしまうのに、引きずってしまう。さわやかに生きられない悲しい性格?・・・。みなさんはそんなことありませんか。

気持ちのリセット
 それで最近つくづく考えているんです。どうしたら、気持ちのリセットができるのか。さわやかな気持ちでの生き方は?
 私自身の生活の中で、心から「ああ、素晴らしい!」「何ときれいなんだろう!!」「何といい話!!」と、びっくりマークが2つ・3つつくような気持ちになるのはどういう時なのかを探ってみているんです。
 その結果、わかったことは、山の緑や川のせせらぎなどの自然に触れているとき、温泉に入ったときなどのようなんです。その時には、他の気になっていることは全部忘れて、頭の中が真っ白になっているようなのです。それこそ、“気持ちのリセット”です。
 リセットが済むと、それまで抱えていた「やらなければならないと思っていること」が、くっきりとしてくるのです。ぼんやりあれもこれも・・・と思っていたことが、優先順位や緊急度が見え、ゆったりしてくるのです。


 そんな自分の習性とでもいうものを知って、私なりに「気持ちのリセット方法」を身に着け始めました。生き方がだいぶ楽になってきました。この夏。猛暑が続いていましたが、私なりに過ごすことができているような気がします。そんなこの頃です。
2013.08.25 Sun l 日々の出来事 l top ▲
通勤ラッシュの人間模様        2013年7月25日分

 4月から朝夕の通勤ラッシュを経験した。やっと4か月を乗り切ったというところです。ドアtoドアで1時間20分。これまでの人生で経験したことがなかったことの体験。毎日のラッシュで少々人間模様が見える。

ラッシュ時の電車の乗り方
 私が乗降している駅は『綾瀬駅』。地下鉄千代田線の終点であり、JR常磐線の駅でもあります。この駅がいいのは、地下鉄の始発があることです。朝は15分程度に一本は始発なのです。しかし、始発で座ろうとすれば15分以上前から並ばないと座れません。私も並んで待ってラッシュの中ゆうゆうと座って通勤しているのです。ただ待っているだけでは座ることはできず、いろいろと秘策・ルールがあることがわかりました。

蹴飛ばされて・・・ 割り込み乗車する『小太りのおばさん』
 毎日がドラマのようなのです。ある日は、ちょうど座ろうと思ったら、若い女性が体当たりして私の足を踏んづけて自分が座りました。私はよろけて転びそうになり、足はアザができて・・・。私も悔しくて、その人の前に立って、その人の顔をずっと睨みつけていました。その人はすぐに寝たふりをして・・・。
 またある日は、順番に阿吽の呼吸で並んで待っている常連組の列に、中年の女性が周りをみず、駅員の放送〝いつも整列乗車へのご協力ありがとうございます。割り込み乗車は迷惑となりますのでひかえてください“ というアナウンスにも耳を貸さず、入り込んでくるんです。その人を割り込ませないようにと肩でその人が入れないようなしぐさをする人もいれば、睨みつける人もいれば、「順番です!」という人もいるんですが、その女性はかまわずに割り込むんです・・・。
 30分ほど並んで保育園児を伴って座って電車に乗って遊んでいく母子もいます。

こんな戦争のようなラッシュに年寄りは乗らないで!・・・
 毎日のこのようすに私は自分の人間性が悪くなっていくような気がしてなりません。睨みつけたり、嫌な顔をしたり、我先に!と相手を思いやるなどという気持ちを捨てたりしなければなりません。
 先日は、やっとの思いで座ったのに、目の前に70歳代くらいの高齢者が立ったのです。席を譲ろうかどうか悩んだんです。「戦争のような状況の中でやっと確保した椅子。前の人は腰も伸びているし元気そうだし、席を譲らなくてもいいよなあ・・・。そもそもこんなラッシュ時に高齢者は乗らないでほしいなあ」などと思っている自分に気づくんです。
 自分が嫌な人間になっていくようで・・・。

今日は、『愚痴』と『言いわけ』になってしまいました。元気に通勤しています。

2013.08.01 Thu l 日々の出来事 l top ▲