大震災支援ナース    10月25日分

 毎日何をやっているのかわからないほど全国を駆け回ったり原稿を書いたりその日その日を生きている。全国訪問看護事業協会の事務局の仕事にも従事している。訪問看護の推進に関することが主で、今はちょうど来年4月の診療報酬(医療保険)・介護報酬の同時改訂に向けた動きである。またこの間は、東日本大震災に関して現地に行かせていただきながら支援活動をできる限り行っているところです。
 その中で、『訪問看護支援ナース 絆事業』
について、お知らせしみなさまの協力をお願いしたいのです。
 
被災地の訪問看護の支援をしたいという看護師
 大震災直後にこういう声を聞きました。「全国訪問看護協会ではボランテイアナースの募集はしていないんですか」「ボランテイアをしたいんですが、訪問看護の募集を見つけられなかったので、避難所などの看護師のボランテイアをしてきました」「スタッフが被災地のボランテイアにいきたいといって決意が固いんです。ステーションの仕事を辞めていこうかといっている。辞められるよりは長期派遣をするのでそういうつながりを作ってほしい」

長期なら・・・
 しかし、訪問看護ステーションを運営しているものならわかるが、1週間など短期に来てもらってもじゃまになるだけ。自動車もなければ地図も変わってしまっている。ましてや、それまでの利用者が死亡・転居などで減ってしまい、事業を縮小しなければならないところもある。
 だけど、1ヶ月以上、時には半年・1年と非常勤として登録し正式な訪問看護の業務をしてくれるならぜひに頼みたいというところはあるかもしれない。新しい展開も含めて人手があれば・・・というニーズがあるかもしれない。

そこで・・・絆をつなぐ役割
 そこで、事業協会としてその両者をつなぐ役割をしようと始めました。たった1組でもつながればそれでいいと。
 ホームページで募集したところ、少しずつ応募があるところです。3ヶ月、半年現地に行って応援したいという全国の看護師が応募してくださり、現地の訪問看護ステーションもちょっと動きがあるところです。
 これはこれから長期にわたっての支援活動になります。どうぞ受け手側・行く側とも、まずは相談の連絡をいただけるとありがたいです。
 詳しくは、全国訪問看護事業協会ホームページ参照。以下概要です。
 
訪問看護支援ナース募集
対象者:現在訪問看護に従事している看護職、また訪問看護の経験のある看護職
期間:最低1ヶ月間・3ヶ月・6か月・1年
業務:主に訪問看護、それに関する業務

受け入れ訪問看護ステーション募集

対象:今回の大震災で被災した訪問看護ステーション
業務:主に訪問看護、それに関する業務
給与・労働条件・宿泊場所・雇用契約・現在の勤務場所との関係などは、個別に相談して決めていきます。当協会が紹介役を行ないます。実際に訪問看護を実施し、保険請求できるような形が望ましいと考えています。

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2011.10.29 Sat l 看護、介護、医療関連 l top ▲
『がん』に頼って生きる              10月15日分

 私と同年齢の友人Kさん(女性)が、先日6回目のがんの手術を受けた。20歳代後半に甲状腺がんになり、それ以降子宮がんなど30年間で6ヶ所のがんが出現・治療を続けてきた。今回は再度甲状腺がんで全摘した。
Kさんのこれまでの人生は常にがんといっしょで、ある意味では“いつ死ぬかわからない”“死と隣り合わせ”だったともいえるだろう。
私がKさんに会ったのは、3年前なのでそれ以前の気持ちなどはよく知らないが、Kさんは、がんを自覚しつつ、自分なりの自己実現に突進してきたようだ。会社を立ち上げ、新しい事業を次々と行い成功してきた。今も5億円の借金をして大事業を展開し始めた。

「がんがなくなってしまった・・・」
 先日、退院直後に久し振りに会った。首に10数cmの生々しい傷を隠すことなくさらす大らかなKさんである。そのKさんが、こういうのである。
「宮崎さん、私、がんがなくなってしまったんだって・・・。私、どうしていいかわからないのよ・・・」
「どうしたのよ。どうして?」
「あのね、甲状腺を切除して調べてみたら「がん」ではなかったというの。その上、脳の一部にも影がありもしかしたら転移かもしれないといわれて覚悟をしていたんだけれど、今回の検査でその陰もなくなっているんだって。これまで30年間、「がん」とともに生きてきたのにそれがなくなってしまったというのよ。そういわれて私は呆然としてしまって、おどおどしてしまったの。
 そんなこといわれたってねー。私、「がん」に頼って生きてきたんだと思う。「がん」がなくなって、拠りどころがなくなったというか、自立できない自分がいるというか・・・。
 そしてね、私うそつきになってしまう。今までみんなに「がん」だといってきたんだから・・・。

がんがなくなって喜ぶはずだと思うのに、そうではないんだなあー。もし私だったらどんな気持ちだろう。わかるような気もする。
人間の気持ちって、計り知れないなあとつくづく思った。



2011.10.20 Thu l 日々の出来事 l top ▲
EPA介護福祉士・看護師国家試験に関する緊急提言                  10月5日分

急なことですが、明日(10月17日)、上記の件で記者会見を行うことになりました。今回は、ガルーダ・サポーターズだけではなく3つの団体がいっしょになって提言する内容です。
詳しくは、以下の内容です。

2011年10月14日発信
報道関係者各位


EPA候補者の介護福祉士国家試験及び看護師国家試験に関する緊急提言

今年度の国家試験は、インドネシアからEPAに基づき来日した介護福祉士の候補者にとって、初めての国家試験となります。
 既に3回の受験機会があった看護師の国家試験については、現在のところEPA候補者の合格率は、来日候補者数比で5.1%に過ぎません。介護福祉士の試験は、出題範囲が広く、日本語を母語とする受験者についても合格率が5割前後であり、約9割が合格する看護師の国家試験よりも、EPA候補者の合格率は低くなることが危惧されています。
合格率を向上させるための対策が緊急に求められています。
そこで、ガルーダ・サポーターズ、関西インドネシア友好協会、社団法人日本語教育学会 看護と介護の日本語教育ワーキンググループ の3団体は連名にて、合格率を向上させるための緊急提言を、17日までに関係省庁、関係政務3役に送付し、記者会見を行う予定です。詳しい内容は別添の提言書をご覧ください。

日時:2011年10月17日 10時から
場所:厚生労働記者会
会見参加者:ガルーダ・サポーターズ 共同代表 星 さとる
ガルーダ・サポーターズ 共同代表 宮崎 和加子
関西インドネシア友好協会 会長 杉原貞二郎
社)日本語教育学会 看護と介護の日本語教育ワーキンググループ 遠藤織枝
社)日本語教育学会 看護と介護の日本語教育ワーキンググループ 西郡仁朗

また、会見の後、11時より厚生労働省にて提言書を手交する予定となっております(調整中)。
なお、連名3団体は、12月ないし来年1月に、EPAによる人材受け入れ方法の根本的見直しを求める提言を発表すべく、関係団体との調整中です。オフレコ懇談にてこの提言の原案に関するご質問に応じます。



<本件に関するお問い合わせ>
ガルーダ・サポーターズ:共同代表 星 さとる
TEL:080-3252-5194 E-mail:lelouch@kdr.biglobe.ne.jp


2011.10.16 Sun l 未分類 l top ▲
釣り               9月25日分
 
 毎日忙しそうに過ごしています。『忙』しいというのは、心を亡くすと書くので、心を亡くしたくないので、なるべくその言葉を使わないようにしようとしています。しかし、どういう言葉を使おうが、時間がなく何かに追われるように過ごしている実態はあるのです。
 どうして時間がないのだろうか。仕事をしているから=もちろん! 講演も今年の秋は多くて、東京にいる暇がないくらい。原稿も書いているし、知人の本の出版の段取りも手伝っている。被災地支援も・・・全国からのさまざまな相談ごとも一生懸命受けています。家の花の手入れも金魚の世話も・・・毎朝の人参ジュースも・・・。シャンソンもマジックも・・・。
 基本的に『欲張り』なんですね、私って。生きることに欲張りなんだわ。この宮崎和加子に付き合う私は結構大変なんです。体力もなくなってきたし。でもどうしても動いてしまう。動かないでいられないんだね。マグロのように死ぬまで動き回る・・・。

でも実はたくさん遊んでいるのです
 遊ぶのが大好き人間なんですね。時間を見つけては実は本当に遊んでいる。それも中途半端じゃないんですね。困ったものです。
 先日、釣りをしたんです。私はつりの趣味はないんです。夫が好きなので時々同行させてもらうのです。今回は、函館に行かせて頂きました。数週間前に函館に講演で呼んでいただき、そこで知り合った方々ととても親しくなり、そして釣りの話になったら、「宮崎さん、カレイが時に百匹も釣れるんですよ」という言葉に舞い上がってしまいました。その場で夫に電話して、空いている日を調整して、早速手配を全部お願いして連れて行っていただくことになったのです。会って一日目の人に何とズーズーしいかと思うでしょうし、そんなことをするのは常識はずれだとお思いになるかもしれませんが、この性格なのです。すみません。夫や息子と釣り仲間と函館を基点に釣りに出かけたのです。

この上ない釣り日和
 夜中の2時30分に函館のホテルを出て、真っ暗い中を車で2時間。5時、八雲港から借り切った船で沖に向かう。空はだいぶ明るんできた。ここは、   内海海(みなさん、噴火湾と呼んでいました)。北海道の地図を頭に描いて下さい。菱形の一番下の室蘭から西の函館の方にある湾です。
 海の上から陸を見ると、独特の風貌の駒が岳がくっきりと見え、海岸線の町がきれいに見え、雲がきのこのような形でモクモク生えるように出没する。朝日が赤々とそこら中を染める・・・。何と雄大で素晴らしい景色なのだろうか!
みんな感嘆! 声も出ないほど。自然と一体化しているというんだろうか・・・。
 さあ、釣りが始まった。始まって数分もしないのに『あたった!』と、カレイを釣り上げる人が出た! すご~い!! 私もみんなのまねをして糸をたらして感触を探った。「あっ、これかもしれない、あたるとは」それで引いてみた。「わあーっ、釣れた! みて!みて! 私釣れたよ!!!」と大騒ぎ。釣れたんです!


 私は山育ちだから、海のことはほとんど知らない。釣りの時に、海の表面が穏やかに滑らかにやさしく包み込み、時にお日様の光でキラキラ光る。「きれいいだねー。なんともいえないねー。何だか幸せだねー。」などと私がしっとりしていたら、「これが凪っていうんですよ」と案内してくださった方が教えてくださった。そうかー これが凪かー。

44匹も釣ったんです
 11時まで釣りを楽しませていただき満喫しました。堪能しました。みんなで収穫量を披露しあったところ、何と私が一番釣ったようでした。その数44匹! 百匹には届きませんでしたが、大満足。私ってたぶん、要領がいいというか、魚に好かれるというか、よくそういうことがあるんです。
 とにかく、全員大満足の釣りでした。その段取りをして下さった素敵な若狭さん、そして全面的にサポートしてくださった友人のみなさん、そして全面的に受け入れてくださった七飯町で介護事業を展開している社長さんはじめ皆様、ありがとうございました。皆様がいたから実現したことです。一生忘れません、この感激。
 翌日、腸等をとってそのまま食べられるようにしてクール便で家に届けてくださいました。数十匹のカレイを、我が家では家族全員集合で、刺身・煮つけ・から揚げ・焼きカレイにして、たらふくいただきました。その上、一夜干にすべく編み籠に入れてベランダで干して、立派なカレイの一夜干を作りました。家の冷凍庫で眠っています。

九州の不知火海での太刀魚釣りも、東京湾のふぐ釣りもとても楽しかったけれど、北海道でのカレイ釣りも忘れられないリッチな気分の一日でした。ありがとうございました。
2011.10.01 Sat l 日々の出来事 l top ▲