大晦日に一言  12月25日分

 “5”のつく日をめどにブログを書いてきた1年でした。一応、月3回は何とか書きましたが、いつも遅くなってしまいました。一年間毎回見守り続けてくださった方、時々覗いてくださった方、みなさんお付き合いくださりありがとうございました。
 このブログをかいている今日は、2008年12月31日です。今年も一年、生きていることができました。それも自分がやりたいこと、ならねばならないと思ったこと、できることに元気に前向きに挑戦することでき、そのことに感謝です。みなさんといっしょに考え、ともに生きることができ、ありがとう!

大晦日も動いています
 まだ、新年のあいさつ状(年賀はがき)はまだ完成していませんが、そのうち届く方もいるでしょう。みなさんに出し切れなくて申し訳ありません。その葉書にも書いたのですが、先日、北海道に行ったときにある方にこういわれました。「宮崎さんは、マグロのようですね。マグロは、眠っている時もとにかくずうっと動いているのです。動きが止まったときは死ぬときなのです」と。「そうですか・・・。マグロですか・・・。体型はマグロと似たくはないですが・・・」
 ここ数日は、鹿児島・兵庫・栃木・大阪・東京さまざまとやはりマグロのように動き回っています。今日も午前中まで大事な方々と会って相談していました。動き回ることは好きです。
 年の瀬まで動き回っている主な理由は、『インドネシア関連』です。今年は、インドネシアとご縁がありました。インドネシアに関しての皆様への協力依頼は、1月中旬くらいに正式にこのブログにも載せますので、ぜひ時々見てください! 1月下旬にいくつかの全国的規模の集まりを行いますので、ぜひ、ご参加ください! アナウンスします。

おもしろい年でした
 大晦日は、毎年感傷的になります。それなりに一年間を振り返ります。
今年2008年は、私にとっておもしろい年でした。いくつかポイントだけお伝えします。
◆新たな出会いがたくさんあった。人も国も課題も。特に、国では「インドネシア」「フィンランド」「エストニア」、人で言えば「望月弘子先生」(『あなたも地域看護のフロントランナー』望月先生と共著。日本看護協会出版会)、91歳のボーイフレンド、・・・書ききれない。これを読んでくださっているあなたも。
◆健康でした。実は、ヘビースモーカーだった私がたばこを1年間、吸いませんでした。これはうれしいことです!! やめたいと思いつつやめられなかったのが、2008年元日から1本も吸いませんでしたし、全く吸いたいと思いませんでした。よかった!! 嬉しいです。今度は、何に挑戦でしょうか? ・・・
◆家族のことでも、ありがたいと思い、うれしいことがいくつかありました。
前向きな気持ちで日々を過ごすことができて、本当にありがたく、何でもおもしろがる自分を楽しんでもいます。

来年は?
 さて、来年はどういう年になるか。どういう年にするか。よくわかりませんが、自分なりにどうしてもやりたいと持っていることがいくつかあります。みなさんにご披露するのは、ちょっと恥ずかしいので、項目のみ。
①健康面
②執筆関連
③EPA(インドネシア)関連
④内緒

みなさんは、どうですか?  有言実行で誰かに話したい方、どうぞ決意を私に伝えてください! 私が見守ります。メールにどうぞ! Mail info@miyazaki-wakako.jp

来年も、どうぞよろしくお願いいたします。


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2008.12.31 Wed l 日々の出来事 l top ▲
エッチなソーラン節との出会い  12月15日分

 だいぶ遅くなってしまいました。サボっているわけではありません。全国を駆け回っているのです! 凄まじい勢いで全国を回っています。「どうしてか」って? それは、2つの理由。一つは、インドネシアから来日した看護師・介護福祉士候補生をめぐる3つの団体立ち上げのため、もう一つは全国からの講師依頼に応えて、です。
 先週はすさまじかった! 前日の夜は、元自治省(現、総務省)の方のとある会で明け方までの会を途中で失礼し、早朝の新幹線で大阪に。その日の午前は、とあることから社長さんにお願いに上がったのに、その話はほどほど合意し、実はインドネシア人の看護師・介護福祉士候補生の話しになり、独自に私財を投じて国際貢献している実態をお聞きし、感動し手を結ぼうと!。その日の午後は神戸で講演。夜は京都で某病院の忘年会に参加。この病院の事務系の若い方々のなんと元気なことか!! 最近はどこに行っても若者があまり元気がない実態に接していたが、この病院は、なんだか元気。この病院でもインドネシアの看護師を受け入れる。受け入れ団体の呼びかけ人になってくださる方々!!! 
 翌日、帰京し、様々な人に会い、そしてその翌日は早朝から函館空港に。3人の方が迎えに来てくださって、「3人も迎えてくれる人件費は、大丈夫ですか」という私の問いに、「大丈夫です。とにかくいろいろ話をお聞きしたいのです」と。そうですか、私は知っているかぎりのことを一生懸命お話しますと、江差に向かいました。江差のことはあとでたっぷりと語ります。

こんなに忙しい毎日を送らせていただいてありがたいです 
 翌日、江差から函館経由で羽田に着き、その足で栃木に。インドネシア人の看護師を丁重に準備万端に受け入れ状況を作っている法人のみなさんに会いに伺いました。素晴らしい法人なのです。また詳しく伝えます。ちょうど、その病院のクリスマス会に来ていたインドネシア人の看護師2名(男性)と片言の日本語と英語でおしゃべりし、帰りの電車でずっと話しました。おもしろかった!!
 翌々日は、なんと忙しい日だったでしょうか! 私のインドネシア訪問のレポートが『週間東洋経済』に掲載されたことで、経済同友会から講師の依頼があったのです。お引き受けし、思う存分に話をさせていただきました。詳しくはいずれ報告します。
 その日の夕方は、趣味のシャンソンの発表会! 講演後、化粧しなおし、ドレスをまとい、銀座博品館ホールの舞台に立ったのです! 歌った曲は、シャンソン・フランス語で「『メ・マン』(ジルベール・ベコー)と、イタリア語でカンツオーネの『ケ・サラ』。頭の切り替えができるかどうかあいまいなままに、時は過ぎていきました。
 それを楽しむのもつかの間。衣装を換え、化粧を落として新宿に。インドネシア関連の重要人物に会って協力を求めたのでした。
 翌日は、団体の事務局長を務めてくださる方に、はじめてお会いして経過を伝え・・・。翌日は・・・。とこの調子で、毎日どこにいるかわからない状態で日々を過ごしているのです。でもこれはきっと、明日の日本を支える大きな・大事な力になるのだろうと思います。
 ここまでは、ブログを書けなかったいいわけです。

江差追分を聞いたとたん、涙が止まらなかった私 
  「江差追分」という民謡のことは知ってはいました。しかし、本物に触れたのは初めてです。縁があって、江差(人口1万人弱)という町に伺いました。函館空港から車で2時間です。江差の住民の方々は、一言で言えば『自己主張とこだわりがあって素晴らしい方々』でした。自分たちのまちづくりのために話をせよとの事。何かのお役にたてたかもしれません。本当はどうかはわかりません。
 私は、翌日の1時間が忘れられない出会いとなりました。私は、どういうわけか、『江差追分』という民謡は知っていました。本場の江差に来たんだから、江差追分を聞きたいとお願いしても誰も歌ってくれませんでした。「難しくて歌えないですよ」。
 帰り際の朝、江差で長年教員をされていた方が、私を連れて行ってくれたのです。それは、『江差追分会館』。その方がきょろきょろして誰かを待っていたのです。私にその人の歌を聞かせたくって。
 飛行機の時間まであと30分しかないというセチュエーションで、その方は現れました。名前は、『青坂 満』氏。「江差追分道場」と誰にでも公開し広めようとしていることは私には伝わりました。
「青坂先生、東京の方で、あと30分しかないんですが是非『江差追分』の髄を・・・」
「はあ、時間がないですか。では・・・」
「前唄 国を離れて蝦夷地が島・・・・」
 相手が誰かも何も関係なく、青坂氏は歌い始めました・・・・。
その途端、私は涙があふれました・・・・・。理由わからないのです。何がなんだかわからないのです。でも、青坂氏の透き通る声? 歌? おたけび? を聞いた瞬間に、なんだか涙があふれて止まらないのです。私は青坂氏のことは全く知らないのです。なのに私のなにかに青坂氏の声・おたけびが響いたのです!

生きる力 
 私はよくはわかりません。だけど、「江差追分」がすごい民謡であること。たぶん日本一難しい民謡であることはわかりました。それを、漁師で生活の一部として歌い続けてきた青坂氏が歌う歌には、なにかあるのです! 
 彼の歌をまた聴きたいとCDを買い、本も買いました。帰りの飛行機の中、電車の中では私はずっと泣きっぱなしでした・・・。
 青坂氏の生きた証はすごいです! 
 私は、ソーラン節に何度か出会いました。1974年に、東大のサークルでみんなで踊りました。2回目は、先日、結婚披露会で「ロックソーラン」を息を切らせながら見え張って踊りました。
そして、今回3回目の出会いです。青坂氏はこういうのです。「江差は、江戸よりも繁盛した町。1シーズンに3000隻の行き来して江戸よりにぎやかな街。にしんがとてつもなく獲れて活気があった。沖歌があって、ソーラン節も江差追分もその中の一つ。ソーラン節もな、たくさんも歌詞があるんだよ。漁師が活気づいて勢いを増すのにはね、『イロ』は大事。実はね・・・」  ええっ。こんな歌詞があるんですか・・・。エッチな歌詞ですね・・・。
 今日は、「エッチなソーラン節」よりは、『江差追分』の神秘さを伝えたかったのです。追分の歴史も、北海道の動きも、にしんのその後もみんな関係します。
 青坂氏が淡々と歌い伝えてくださった『江差追分』。私が、何も知らず聞いて涙が出てくる・・・・。本物なんですね!  何が???  私は、青坂氏の歌とその姿から、なにか「生きる力」「生きる原点」のようなものを感じ取ったような気がするんです。
2008.12.26 Fri l 日々の出来事 l top ▲
合格祈願そば
合格祈願そば     特別企画12月12日

 今日は、特別企画で紹介します。私は特定の人の商売を応援するつもりはないのですが、今日は特別。
 私は、山形県寒河江市幸生(さがえしさちゅう)というところの出身です。“幸せに生きる”と書く『幸生』(さちゅう)という村の名称はステキでしょう。実家はさくらんぼ農家です。地元の寒河江高校を1974年に卒業し、18歳で上京して、東京生活は早34年になります。
 私は山形に年間数回は帰りますが、その都度立ち寄る“店”があるのです。

『お山の大将』
 「お山の大将」というのは、店の名前です。味にうるさい兄が見つけたそばの店です。はじめてご馳走になりに伺ったのは春かなあ。「寒ざらしそば」といってわざわざ標高の高い山の中の氷点下の場所にそば粉を持っていって「寒ざらし」といって、氷点下にところに保管してそば粉の何かに働きかけるというのです。そして、電話で予約していくのに、「1分も遅れないできてください」と、こだわって指示する店長なのです。その時間に合わせて、秒単位で計算しておいしいおそばを食べさせてくださるのです。
 それが、おいしいのです!! 全国各地でそばはいただきますが、格別な味なのです! それについてくるそば粉で揚げたという“げそ揚げ”が食べたことがないくらいおいしのです! 
廊下には、何か提示してあって、どうもそばをうつ人たちの間に“級”があるようです。味にこだわった方々が、たくさんの人においしいものを届けたいと、様々な工夫を凝らしているようです。

インターネットの威力の試み
 私の勝手な理解でいいますと次のようです。その店長が、お店に来る方だけではなく、全国の方に食していただきたいと、インターネットでの販売を行おうかどうかを考え中のようであります。そこで、インターネットの威力はどういうものかを、私・宮崎和加子のこのブログで試してみようという策のようです。私のこのブログを全国でどのくらいの人が見てくれているのか、実は私も???です。
 それでもいいじゃないですか。このブログをご覧になった全国の皆様、どうぞ1回試食のつもりで注文して食してみてください。私の役割はそこまで。おいしければさらに年末の年越しそば、そして受験用の贈答とその後も注文するでしょうし、それは私の責任ではない。大将、あなたの腕が勝負。
私は、送っていただいたそばと、独特の昆布巻きにしんを食べて正直おいしかったので、また注文するつもりではあります。味に肥えていて、そば大好きな私のパートナーは「おいしかったから、また頼もう」といってくれました。
 ですから、どうぞみなさま、試すこと実行してください。寒河江に住んでいる○○さん、注文もいいけれど、一度食べに行って「宮崎和加子のブログを見て食べに来ました」といってください。そうすると私も少しは鼻が高くなります。全国で3人くらいでもいいので楽しみましょう。そしてどうぞ、その結果を内緒でメールください。上手に大将に伝えますから。
 慣れない大将が頑張っています。どうぞいっしょにいろいろと楽しみましょう!

大将からのメッセージは下記です。

一言
このところ『食』にまつわる問題が多すぎます。
食肉偽装から始まって消費期限改ざん、産地偽装、中国食品などなど、怒ったり呆れ果てたり、今回の汚染米問題は転売先が複雑で日本列島を揺るがしました。今後は何が出てくるのだろうと空恐ろしさを感じます。また一方では日本の代表的な食文化であるお漬物、煮物、山菜などをだんだん食べる人が少なくなってきています。理由はいろいろあると思いますが、絶対に守っていく必要があると思います。

★① 合 格 祈 願 そ ば

今年も入試・就職の時期がやってきました。当店では、そばは昔より縁起物として食されていたことから、入試・就職が合格できますように、お守り袋にそばの実5個を入れて(神社で祈祷済み)
そば5人前を1セット3,259円にて限定販売中です。
サーニッコリトゴウカクガ
3  2   5  9  円
そばに来て実りますように!!
■そば工房お山の大将のそば粉の特長
そば粉は大きく分類すると機械挽き(ロール挽き)と石臼挽きがあります。石臼挽き粉は機械挽き粉よりも数段高い価格になります。当店では、石臼挽き粉を使用し月山水でそばを打っています。
■限定販売
全部の工程が手作業ですので359セットの限定販売となります。届いてから2~3日で召し上がってください。そばつゆ2本とそばの茹で方のレシピ付です。

★②『一 族 伝 承  昆 布 巻 鰊(にしん)』

一族門外秘密で昔からの製法で電化製品などは一切使用せず、炭で煮ては冷まし、煮ては冷まし3日間繰り返し作ります。昆布は北海道産の特級品を使い、鰊も北海道産です。
2本入り     900円
3本入り   1,300円
5本入り   2,100円

◆発送は翌日となりますが、指定日のご希望の方は日にちを記入してください。
◆今月は12月25日締切りです。送料は別途扱いとなります。
◆注文は、下記のような内容を記載の上、FAX(0237‐83‐0516)でお願いいたします。
◆品物といっしょに郵便振込用紙をお送りします。
◆はじめてのことで、慣れない点があり不行き届きがあるかと思いますが、何卒よろしくお願いいたします。

そ ば 工 房 お 山 の 大 将 農水産研究部
        大将 鈴木義明
〒991-0003山形県寒河江市西根高畑53-4
TEL 0237‐83‐0515
FAX 0237‐83‐0516


注文書の内容

①注文者氏名・住所・電話番号
  〒


②発送先住所・氏名・電話番号
  〒


③注文の品
  1.合格祈願そば(5人前)   3,259円     個
  2.昆布巻きにしん 2本入り    900円     個
  3.   〃    3本入り  1,300円     個
  4.   〃    5本入り  2,100円     個

④発送先と料金請求先が違う場合の請求先の住所・氏名
  〒


以上、よろしくお願いいたします。

昆布巻きにしん


2008.12.12 Fri l 日々の出来事 l top ▲
歌がうまいということ  12月5日分

 フィンランドで歌っちゃったんです。「えっ、何を?」って。ええとですね、3曲です。「全くもう、あなたは・・・」とみんなにあきれられてしまいますが、でも中々よかったんです。

シベリウスの『フィンランデイア』
 歌う機会は、3回ありました。1回は、ビフィテイという町でちょうど在宅ケアの町の職員の忘年ダンスパーテイがあり、私と同行したAさん(大阪の訪問看護師、同年齢)も誘われました。タンゴ調の独特の踊りをいっしょに踊って楽しんでいたところ、「日本から来たノリのいい看護師さんたち、歌って!」とリクエストされ、私もAさんも断ることがきらいな性格なので歌うことにしました。即興の女性2部合唱です。「赤とんぼ」と「さくらさくら」。
 そのあと、私は1人で、アカペラで『フィンランデイア』という歌を、静かに心を込めて歌い始めました。歌う前に、「日本でもフィンランデイアが格調高く歌われています。日本語訳はいくつもありますが、おおむねこのような意味です。日本語で歌います」と。

♪♪①
七つの海越え響け はるかな国の人へ
ふるさとの野に歌える 私の希望こそ
世界の隅まで届け 平和へのうたごえ

青き空の色深く 木立も草も光る
わが祖国よ 若者よ 他国の山もまた
同じ光に映える 共に願い歌え

♪♪②
おお立ち上がれ、フィンランドよ、高く掲げよ
偉大な記憶の冠が飾るおまえの頭を
おお立ち上がれ、フィンランドよ、おまえは世界に示した
(他国への)隷属を追いやったことを
そしておまえが抑圧に屈しなかったことを
おまえの朝が明ける

 シベリウスは、1900年代のフィンランドの代表的作曲家。フィンランドの国が600年間スウーデン内の自治領(大公国)として、そしてその後100年間ロシア領として存在したのですが、言葉も民族も違うフィンランドは、1917年ロシア革命のときにレーニンが解放したといわれ、独立した国になりました。その独立の時期とシベリウスが重なり、「フィンランデイア」は、フィンランドの独立と重なって心に深く刻まれた歌のようです。
 それを日本人の私が歌ったんです。歌っている最中は、反応があまりなくてみんなどう思っているのだろうと歌いにくかったのですが、「いいや、心を込めて精一杯、恥ずかしがらずに歌おう」とマイクで歌いました。

涙を浮かべて聞いてくれたのです
 終わったあと、シーンとしてあまり拍手もなかったのです。そしたらたくさんの人が目に涙を浮かべて私を見ているではないですか・・・! 席に戻ったら「よかったわよ」とたくさんの人が握手をして声をかけてくださったのです。フィンランドの人は、日本人に似ているといわれるそうです。(逆かもしれませんが) 恥ずかしがりやで感情を表現しない、無口な人たちのこと、本当にそうなんです。どこにいっても表現しないんですね・・・。
 上手でもない私の歌を、言葉が通じない国の人が涙を浮かべて聞いてくださった! なんと感激的なことなのでしょう! 何かが通じたのですね。
 それにしても、34年前の18歳のときに世界中の数百曲の歌を覚えたことがこういうところで活きたとは・・・。 ありがたいことです。それだけで心と心が近くなりました。

シャンソンのチャリテイコンサアートのとき 
 私がシャンソンを習っていることは何度かお話しているかと思います。年に何回かある発表の機会のことです。仲間の1人の男性(たぶん、70歳代)が、「生きる」という歌(?)をフランス語で歌ったのです。それが素晴らしかったのです。彼はいわゆる歌がとてもうまいという人ではないかもしれない(うまいですよ)。しかし、その日のその歌が、私にとても響いてジーンときたのです。終わったあと、「きょうの歌は特に素晴らしかったですよ」といったら、「宮崎さん、実は僕、がんになっちゃったんですよ。いろいろ考えましてね・・・」と、明るく話してくれるのです。「ええっ・・・。そうなんですか・・・」

「歌がうまいというのは、相手の心に響くこと」 
 私にシャンソンを教えてくださっている長坂玲先生は、美しく、歌がとてもうまく、教えるのも天才的で素晴らしい方です。小さいときから音楽の道を志し、東京芸大の声楽科を卒業し、オペラ歌手としてヨーロッパで長く勉強して、そしてシャンソン歌手になられた。よくさまざまなお話をさせていただくのですが、私が口癖のように「私は音符も読めないし、声量もないし、いつまでたっても下手で申し訳ありません」というと、先生はこうおっしゃるのです。
 「宮崎さん、歌がうまいとはどういうことかわかりますか。音程がしっかりしているとか、声がきれいだとか、声量があるとか、そういうこととではないですよ。そういう人は世の中にたくさんいるけれど、では歌がうまいかというとうまくない。歌は、聴く人の心に届くこと、響くことができることが『うまい』ということなんですよ。だから、宮崎さんはうまいですよ」と。
 「フィンランデイア」も、だからみなさんが涙を浮かべてくださったのかな。私は心を込めて歌っただけ。でももしかしたら、私は歌がうまいのかもしれませんね。どうぞ機会あるごとに聞いてやってください。私でよければいつでもどこでも歌います。

2008.12.11 Thu l 日々の出来事 l top ▲