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9月25日

共同墓所

私が足立区長に立候補したときに、支持し応援してくださった『全日本年金者組合足立支部』の定期大会があり、久々に皆様に会い、ミニトークで話をさせていただいた。

年金者組合の目的は?
 
 長年働いてこられて、今、年金生活で高齢期を過ごしている方々が横のつながりを作っているこの会。活発に活動してきた1年間の報告があり、今年度の活動が話し合われた。その中で印象的だったのは、この会の目的が、「7割遊びで、3割運動」なのか、「10割遊び」なのかということだった。「遊び」はとても大事なこと。上手に遊べることは素晴らしいこと。しかし、意識的に社会とかかわり、社会をよくしていこうという積極的な人の集まり。いろいろ議論されたが、私個人の期待とすれば、「4割勉強、3割社会運動、3割遊び」。年金がどうなっているのか、介護保険がどんな状態なのか、後期高齢者医療制度とはどんなものなのか、認知症って何?、寝たきりになっても豊かに生きていくためには・・・など、ぼんやり観ていてはわからない。当事者が一番大事。「当事者が、勉強して、行政に根拠ある政策提言を行っていく集団になりましょうよ!」と発言させていただいた。
何の拍子か、相談役になってくれといわれ、「できることは頑張ります」と受けてきました。

『共同墓所』を作ったとのこと
 昨年度の活動報告の中に、筑波に共同墓所を作ったという内容があった。私は、血縁がない地域住民が、共同墓所を作り維持・運営しているという話を始めて聞いて驚いた。(私の勉強不足かもしれないが)
 組合として筑波の霊園に墓地3区画(12畳)の権利を買い、納骨埋葬予約金(単身者15万円、夫婦の場合25万円)の出資でその墓地に入る権利を得る。死後、納骨の際に1万円。年に1回、合同慰霊祭を行ってくれるというもの。これは素晴らしいと思った。利点として考えられることは、①低額で墓所を求められること、②長年のお墓の管理をしてもらえること、③死後も顔見知りの仲間といっしょのところにいられる安心感、④土地の少ない都市では、省スペースなどが上げられる。
 聴くところによれば、企業・団体が退職者向けに共同墓所を作りはじめているとか。昔からの家父長制の「家」にこだわらない時代・世代であるので、家族中心の墓所ではなく、同世代のつながりのこの共同墓所はとても興味深い取り組みだと思った。身寄りの少ない人はもちろんのこと、家族がいてもこういう動きがさまざまにおきてくるだろう。

「毎日、自殺することを考えているのよ」と発言する人
 一人の女性が、「引っ越し2年です。一人暮らしが寂しくて寂しくて・・・。夜になると、毎晩、自殺することばかり考えているんです・・・」と。周囲の人みんながシーン。たぶん、お金に困ってはいない人。どうすればいいのでしょうか・・・。こういう方はたくさんいらっしゃると思うのです。こういう声を、「何だか元気が出てきたんです」と変えていくための横のつながり。
 年金組合として、やるべきことはたくさんあるのでしょう。
ちなみに、私、みなさんに質問しました。集まっている方は、60歳代・70歳代・80歳代の方。「パソコンでインターネットを使うことができる方は?」・・・約1割の方の手が上がった。中には、得意な方もいて、「みなさん、今はね、mixiがすごいんですよ。友達できますよ。1200万人も加入しているだよ。でも紹介者がいないと入れないから、何なら、僕が紹介しますよ」と。パソコンはだめと決め付けないで、パソコンを教えあう活動とか、いろいろありますよね。
 そんなことを語り合った会でした。当事者のエネルギーが一番です。私も元気がでました。




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2007.09.25 Tue l 日々の出来事 l top ▲
9月15日

川嶋みどり先生がナイチンゲール記章受章

 私の看護の師である川嶋みどり先生が、このほど『フローレンス・ナイチンゲール記章』を受章なさった。先日、学士会館でお祝い会を行い、私も呼びかけ人の一人・事務局長として長年のお礼もかねておもしろく準備・企画させていただいた。

ナイチンゲール記章とは
 「第8回(1907年)赤十字国際会議の勧告及び第9回(1912年)赤十字国際会議の決定に基づいて設立された「フローレンス・ナイチンゲール基金」の事業として創設され、ナイチンゲール女史の生誕100周年を記念して1920年に第1回の記章が授与された。
 記章制定の目的は、傷病者の看護の向上に貢献し、ヒューマニテイ(人道)の精神のもとに、近代看護の礎を築いた女史の偉大かつ崇高なる業績を永遠に記念し、看護活動に顕著な功績を果たしたものを顕彰することにある」(『第41回フローレンス・ナイチンゲール記章授与式』(日本赤十字社)の冊子より)
 今年は、41回目の受章で、日本で100人目の受章者が、川嶋みどり先生である。

『ナイチンゲール』という人
 皆さんは、ナイチンゲールというと何を思い浮かべますか? 伝記にでてくる有名な看護師? 心優しい従順で献身的な人? そもそもどの時代の人なのでしょうか?
 私は、川嶋先生と出会うまで、ナイチンゲールという人にほとんど興味を持っていませんでした。かえってよく知らないのに、反発する気持ちを持っていました。それは、ナイチンゲールが従順で献身的に戦争に協力させられる「白衣の天使」の象徴と映っていたからです。
 しかし、実は違っていました。川嶋先生と出会い、いっしょに長年勉強会を継続的に行ってきたのですが、ナイチンゲールのことも時間をかけて勉強しました。そしてわかったことは、日本で紹介されている姿とはずいぶん違うということ。ナイチンゲールは、別な意味でスゴイ人! 1820年にイギリスに生まれ、1910年に亡くなった。活躍したのは、1850年代からで、クリミア戦争の時に看護師として戦場にいき、その惨状を解決すべく動いたこと。日本でいうと江戸末期から明治時代にイギリスで活躍した。しかし、彼女は、決して従順な優しい人ではなく、強い鉄の女でした。政治家を動かし政治を変えさせ、統計学の創始者ともいわれているほど事実・データ(エビデンス)をそろえ、公衆衛生学者でもある。うまくいかないと、時々ヒステリーを起こす。90歳まで寝たきりになりながらも最後まで仕事をした人である。
 彼女は、世界中の近代看護の創始者であり、著書は今読んでも新しく、本質的なものだ。彼女のことを書き始めたらきりがないので、ここまでとしますが、『看護』と『介護』の関係、『看護師』と『介護職』との関係について、日本の中であいまいなっている部分があり、また誤解されている部分も多く、一度きちんと理論化しなければならない課題である。そのときにも原点に戻るのは、ナイチンゲールである。『ナイチンゲールから、今、学ぶこと』という本が書けそうなくらい学ぶことが多いスゴイ人! またの機会に議論しましょう!

『川嶋みどり』という人
 ある人がこういった。「川嶋先生は、日本のナイチンゲールよ」と。川嶋先生も本当にスゴイ人なのです! 現在76歳、日赤看護大学の学部長(現役)。とにかく、現場を大事にし、現場から看護学を築き上げようとしてこられた方。468編の論文と124冊の単行本を執筆し、日本の看護界に極めて大きな影響を与えた。看護の2大業務の中で、「診療の補助」(医師の補助業務)ではなく、「療養上の世話」(身の回りの生活上の支援)に看護の専門性があるとして実践・理論化してこられた。
 私は、学生のときに川嶋先生に出会い、川嶋先生が教育婦長(担当)していた柳原病院に就職し、30年間身近でご指導いただいた。私の著作活動のきっかけ・励ましも川嶋先生のお力が大きい。「川嶋みどり名言集」を残そうと私が勝手にいっているが、素晴らしい言葉をいつもjust timeに言ってくださる。たとえば、「大変なときほど、いい仕事ができる」「子育ては量ではなく質よ」「困難なときほどチャンス」など・・・。
 私生活では、優れた家庭人。芸術を愛し、料理は手抜きせず得意で上手。

日本の「看護」はどうなっていくのだろうか? 川嶋先生が、先日こんなことをおっしゃった。「私は、看護一筋に50年余。人生をかけて日本の看護をよくしていこうと頑張ってきたけど、本当に良くなったのかしら? 大学が増え、教育水準も上がったんだけど、本当に現場はよくなったのかしら? もしかすると・・・。死んでも死に切れない気持ちよ・・・」
 日本には、120万人も看護師がいる。現在の日本の看護をめぐる状況は、課題だらけ。お祝い会の席上、ご子息がごあいさつの中でおっしゃっていたが、「ゆっくり、のんびりなんていうことは、母には通じない。たぶん、死ぬまで現役でがんばって、研究し語り、書き、考えていくことでしょう。それが母の生き方でしょう」と。まだ、まだ先生には頑張っていただかなければ。もちろん、後輩の私たちも頑張らなければならいが・・・。
 川嶋先生も鉄の女。でも限りない人間へのやさしさ。
 お祝い会で先生を遠くで見て、「私にとって、この先生の存在は大きいなあ」とつくづく思いました。
                           (9月23日記)


2007.09.24 Mon l 看護、介護、医療関連 l top ▲
9月5日
マンションの寿命は50年?

足立区長選挙の時に私を応援してくださった千代崎一夫さんと山下千佳さんが運営している『住まいとまちづくりコープ』が設立15周年を向かえ、その記念スペシャル企画に参加させていただいた。
選挙のときに「トークライブ」として各分野の方々と私のトークをしながら学び・深めるというものを行った。1ヶ月の間に合計10回のトークライブを行った。その中で、「災害と区政」(震災対策・よりマシ補強システム)と、「まちづくりと区政」(福祉力を防災力に)で、たくさんのことを教えていただいた方々である。
『住まいとまちづくりコープ』とは、千代崎さんが、15年前にマンションへのサポートを中心とした個人事務所として設立したものだ。設計事務所でもなく、もちろん建築事業所でもない。単なるコンサルタントでもない。ご本人の資格・肩書きは「ハウズイングケアワーカー・マンション管理士・防災士」だそうだ。「住宅のことを考えたときに最初に思い浮かべる人になりたい」「住宅・マンションとまちづくりのことは何でも相談できる場」として、業務を開始したそうである。技術を少し知っている権利意識の高い市民として住まいとまちづくりの総合サポーターである。15年間に行ってきた仕事・取り組みは、膨大である。たとえば、住まいの調査診断、コンサルタント、マンション住居改善コーデイネーター、管理組合顧問、建築紛争住民支援、防災診断などで、相談・講演・著作など幅広い。枠を決めないで、住宅に関することには何にでも取り組むという一途な姿勢に周囲のみなさんが絶大なる信頼をおいている。
私は、選挙を通して、とても貴重な方々と知り合うことができた。

日本のマンションの歴史は50年
 15周年記念スペシャル企画は、とても興味深い内容だった。『より大きな視点からー世界の集合住宅―“マンション管理50年を振り返って”』梶浦恒男氏(大阪市立大学名誉教授・集合住宅維持管理機構理事長)の講演と、『より具体的な実践からーマンションエイド』千代崎一夫氏の講演だった。
 大まかな概要は、次のようである。
・マンション・コンドミニマムは、「区分所有」「持ち家型私的集合住宅」
・世界的には、1950年代に仏・独・伊で、区分所有に関する法律ができはじめた。
・コーポラテイブとは違う。(「協同組合型集合住宅」主にイギリス。この方が早かった)
・日本のマンションは、1950年代後半からでき始める。1962年に区分所有法ができた。
・1960年代後半から、管理問題が顕在化、1969年に日住協(初めての管理組合連絡組織)ができた。その後、次々と新たな課題がで続けている。

『マンションスラム化論』
 1980年代初めに、「マンションスラム化論」「ババ抜き論」があった。“素人の管理組合では管理がうまくいかず、早晩スラム化するだろう。ババをつかまされないうちに、逃げ出すのが良い”という意味らしい。
 しかし、結果はどうだろうか。梶浦恒男氏がいうには、“他の集合住宅タイプと比べて、高い水準の管理を生み出しているといえる。このようになったのは、管理組合に自治能力が結構あったから”だと。
 
このことは、私はたくさんのことを示唆していると思うし、様々なことを考える材料だとも。住民の管理組合の“自治能力”についてである。

自治能力
 日本では、自治能力が高まっているのか、低くなっているのか。組織離れで組織に入りたがらない。地域の町内会活動は、活発化しているのか? 学生自治会は? サークル活動は? 自治とは、時を読めば、「自らを治める力」。
 私には、日本人の様々な自治の力が減退しているように見えるが、高まっているものもあるだろう。何がそうさせるのか。政治を考える上でも、個人生活を送る上でも大事な議論だと思う。また、どこかでこんなことを話し合いましょう。

今後のマンションは?
 マンションを取り巻く状況は、様々に変化している。人口・世帯数が減少して住宅が余ってきて新築数が減る。マンションの寿命は50年といわれることもあるが、今のマンションをみると、管理がいいマンションはよく保っているし、そうでないマンションは危ない。
 住みよいマンションライフを送るには、消費者保護のマンション行政や補修・改修をきめ細やかく行うこと、また地域コミュニケーション活動を活発化することなどが大事だという。


2007.09.07 Fri l 日々の出来事 l top ▲
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